自分ひとりで頑張るのには、限界がある。
グループや集団でいて、人と競い合ったり、協力したりすることの利点は、
お互いの刺激になることだと思う。
今までの、学生や社会人、そしてまた学生となって、
同級生や、先輩、後輩がいて、とても刺激になります。
頑張っている人を見ると、応援したくなるし、
自分も頑張らねばと思うようになります。
その結果は、きっとプラスの相乗効果を生みます。
単なる足し算に終わらず、掛け算にもなる可能性を秘めているのでしょう。
刺激
交換
自分に足りないものを、人に与えるのは難しい。
でも、その逆を考える。
自分に足りないものは、人からもらえばいい。
自分にゆとりがないと、人に対してのゆとりの気持ちはなくなってしまいます。
自分が疲れているとき、しんどいとき、つらいときに、人に元気を与えるのは難しい。
そこで逆を考える。
そんなときは、人から元気をもらえばいい。
足りないものはもらって、足りるものをあげる。
そう考えれば、自分に無理する必要はないのかなと思う。
でも、その逆を考える。
自分に足りないものは、人からもらえばいい。
自分にゆとりがないと、人に対してのゆとりの気持ちはなくなってしまいます。
自分が疲れているとき、しんどいとき、つらいときに、人に元気を与えるのは難しい。
そこで逆を考える。
そんなときは、人から元気をもらえばいい。
足りないものはもらって、足りるものをあげる。
そう考えれば、自分に無理する必要はないのかなと思う。
プラシーボの治癒力 ハワード・ブローディ
砂糖の錠剤を飲んで病気が治ったり、
ニセの手術を受けたて病気が治ったり、
信じられないことがあっても、事実として存在します。
心と身体のつながりは未解明な部分が多いものです。
だから、そこに何かがあるのかもしれません。
代替医療のプラシーボについても述べられていました。
東洋医学をはじめ、代替医療には、あやしい部分が多々あると思います。
でも、そこに、西洋医療にはない利点が存在するのは事実です。
もちろん、いい加減なことを言って煙に巻くのがいいとは思いません。
プラシーボ効果とは逆の「ノシーボ効果」があることも忘れてはいけません。
ノシーボ効果とは、
「ネガティブな効果を抱けば、健康に悪い影響を与える可能性が高まること」
根拠のない不確かなもので、不安をあおるようなことがあってはいけない。
だから、人の身体を診るには、それなりの知識と自覚がないといけないでしょう。
ニセの手術を受けたて病気が治ったり、
信じられないことがあっても、事実として存在します。
心と身体のつながりは未解明な部分が多いものです。
だから、そこに何かがあるのかもしれません。
代替医療のプラシーボについても述べられていました。
東洋医学をはじめ、代替医療には、あやしい部分が多々あると思います。
でも、そこに、西洋医療にはない利点が存在するのは事実です。
もちろん、いい加減なことを言って煙に巻くのがいいとは思いません。
プラシーボ効果とは逆の「ノシーボ効果」があることも忘れてはいけません。
ノシーボ効果とは、
「ネガティブな効果を抱けば、健康に悪い影響を与える可能性が高まること」
根拠のない不確かなもので、不安をあおるようなことがあってはいけない。
だから、人の身体を診るには、それなりの知識と自覚がないといけないでしょう。
無意識
いくら意識していても、いくら注意していても、
無意識の部分は隠せない気がします。
それは意識していないから、当然かもしれません。
思ってもいないことを言ったり、身丈に合わないもので着飾ったりしても、
どこかにボロが出てきます。
ふりをしても、どこかに不自然さを感じます。
逆に、本当に心から思っていることは、
言葉にしなくても、自然に表れるものかもしれません。
無意識の部分は隠せない気がします。
それは意識していないから、当然かもしれません。
思ってもいないことを言ったり、身丈に合わないもので着飾ったりしても、
どこかにボロが出てきます。
ふりをしても、どこかに不自然さを感じます。
逆に、本当に心から思っていることは、
言葉にしなくても、自然に表れるものかもしれません。
勉強でストレス解消
勉強をしていて、覚えた(つもり?)ことを、
何度も忘れると自己嫌悪に陥いってきます。
すると、勉強が嫌になってきます…
気持ちも「後ろ向き」になってしまいます。
これをなんとか「前向き」にできないか、考えてみました。
久しぶりに会った友人と思い出話をしたりすると、
とても懐かしく思い、ストレス解消になることがあります。
「思い出」に浸ることに、心が癒される効果はあるようです。
介護においても「回想法」という心理療法があります。
特に高齢者で心理的問題を持たれる方や、認知症の方に対し、
人生を振り返って昔の記憶を思い出してもらうことで、
楽しい気持ちをよみがえらせたり、自尊心を高めたりします。
今やっている国試の勉強は、以前に勉強した内容を「思い出す」ことです。
昔に、解いた問題や、覚えたことで、きれいさっぱり忘れていることもありますが、
中には、「あ〜、こんなんあった」と思い出すこともあります。
また、以前まちがえた問題が解けたとき、忘れかけていたことを思い出せたときは、
結構気持ちいいものです。
そこに目を向けて「前向き」に考えれば、
意外と、試験勉強がストレス解消にもなる(?)かもしれません。
何度も忘れると自己嫌悪に陥いってきます。
すると、勉強が嫌になってきます…
気持ちも「後ろ向き」になってしまいます。
これをなんとか「前向き」にできないか、考えてみました。
久しぶりに会った友人と思い出話をしたりすると、
とても懐かしく思い、ストレス解消になることがあります。
「思い出」に浸ることに、心が癒される効果はあるようです。
介護においても「回想法」という心理療法があります。
特に高齢者で心理的問題を持たれる方や、認知症の方に対し、
人生を振り返って昔の記憶を思い出してもらうことで、
楽しい気持ちをよみがえらせたり、自尊心を高めたりします。
今やっている国試の勉強は、以前に勉強した内容を「思い出す」ことです。
昔に、解いた問題や、覚えたことで、きれいさっぱり忘れていることもありますが、
中には、「あ〜、こんなんあった」と思い出すこともあります。
また、以前まちがえた問題が解けたとき、忘れかけていたことを思い出せたときは、
結構気持ちいいものです。
そこに目を向けて「前向き」に考えれば、
意外と、試験勉強がストレス解消にもなる(?)かもしれません。
油断大敵
昨日、熱帯魚の水槽を眺めていたら、
弱肉強食、油断大敵の場面を目の当たりにしました。
それは、大事に育てられていたセネガルス(体長約10cmの古代魚)が、
レッドテールキャット(体長約25cmのなまず)に食べられるシーン。
水面で食事中のセネガルスが、
普段は水槽の底でじっとしているレッドテールキャットに一飲みにされました。
一瞬の衝撃の出来事でしたが、水槽の中では何事もなかったかのように…
普段は動きの鈍い、レッドテールキャット。
泳ぐときはとても素早かった、セネガルス。
しかし、そのときセネガルスは食事に夢中でした。
夢中になると、回りが見えなくなるようです。
完全に油断していました。
その結果、やられてしまいました。
生きるためにエサを食べていたのに、自分が食べられたら、元も子もありません。
夢中になって回りが見えなくならないよう、
油断大敵にならないよう、
鍼灸師になるために頑張っていたのに、試験に落ちて元も子もなくならないよう、
気をつけたいと思います。
弱肉強食、油断大敵の場面を目の当たりにしました。
それは、大事に育てられていたセネガルス(体長約10cmの古代魚)が、
レッドテールキャット(体長約25cmのなまず)に食べられるシーン。
水面で食事中のセネガルスが、
普段は水槽の底でじっとしているレッドテールキャットに一飲みにされました。
一瞬の衝撃の出来事でしたが、水槽の中では何事もなかったかのように…
普段は動きの鈍い、レッドテールキャット。
泳ぐときはとても素早かった、セネガルス。
しかし、そのときセネガルスは食事に夢中でした。
夢中になると、回りが見えなくなるようです。
完全に油断していました。
その結果、やられてしまいました。
生きるためにエサを食べていたのに、自分が食べられたら、元も子もありません。
夢中になって回りが見えなくならないよう、
油断大敵にならないよう、
鍼灸師になるために頑張っていたのに、試験に落ちて元も子もなくならないよう、
気をつけたいと思います。
気持ちの問題
おもしろいと思うことは、ついつい熱中してしまいます。
熱中していれば、無理もききます。
徹夜しても苦じゃありません。
確かに、疲れやすさは、嫌なことをやっているときよりも、
ずっと少なく感じます。
でも、それは感じるだけであって、
身体には確実に負担がかかっています。
「気持ち」というのは、気をつけなければいけないもので、
それが働いているときはいいですが、
それが働かなくなったとき、
そのごまかしは隠せません。
気をぬいた瞬間、体調を崩すことがよくあるのは、まさにそうでしょう。
気付かないところで身体は無理していることを、
気付いてあげなければいけません。
熱中していれば、無理もききます。
徹夜しても苦じゃありません。
確かに、疲れやすさは、嫌なことをやっているときよりも、
ずっと少なく感じます。
でも、それは感じるだけであって、
身体には確実に負担がかかっています。
「気持ち」というのは、気をつけなければいけないもので、
それが働いているときはいいですが、
それが働かなくなったとき、
そのごまかしは隠せません。
気をぬいた瞬間、体調を崩すことがよくあるのは、まさにそうでしょう。
気付かないところで身体は無理していることを、
気付いてあげなければいけません。
毎日を大切に
昨日は、兵庫県南部地震から15年でした。
毎年1月17日は、あの日のことを思い返します。
今日、ある遺族の方の、
「あの日を忘れることなく、毎日を大切に生きています」
といったコメントを聞きました。
あの経験をした人には、心にしみる言葉だと思います。
突然、ライフラインが絶たれると、
普段の何気ない生活が、いかにありがたいものかを感じます。
地震のあった日、これからどうなるかもわからない絶望の中、
倒れかけの家で一晩過ごしました。
そして目が覚めたとき、
「あ、今日も家が建ってる。生きてる。」
と心から思ったのを覚えています。
一日、一日を大切にして生きたいと思いました。
今は、あまり思いません。
思わないことはないですが、つい忘れてしまいます。
人はどんな大切なことでも忘れていくんですね。
そこで、こうやって思い出すこと、考え直すことが、大切だなと思います。
そして、この経験をしたことのない人、知らない人に、伝えることも。
病気も一緒だと思います。
忘れないようにしたいです。
そして伝えていきたいです。
毎年1月17日は、あの日のことを思い返します。
今日、ある遺族の方の、
「あの日を忘れることなく、毎日を大切に生きています」
といったコメントを聞きました。
あの経験をした人には、心にしみる言葉だと思います。
突然、ライフラインが絶たれると、
普段の何気ない生活が、いかにありがたいものかを感じます。
地震のあった日、これからどうなるかもわからない絶望の中、
倒れかけの家で一晩過ごしました。
そして目が覚めたとき、
「あ、今日も家が建ってる。生きてる。」
と心から思ったのを覚えています。
一日、一日を大切にして生きたいと思いました。
今は、あまり思いません。
思わないことはないですが、つい忘れてしまいます。
人はどんな大切なことでも忘れていくんですね。
そこで、こうやって思い出すこと、考え直すことが、大切だなと思います。
そして、この経験をしたことのない人、知らない人に、伝えることも。
病気も一緒だと思います。
忘れないようにしたいです。
そして伝えていきたいです。